アリストテレス的な「善」を可能にする都市OS
要旨
本稿は、都市OSを単なるデータ連携基盤ではなく、都市における公共性と「善」を成立させる運用装置として再定義する。ここでいう善は標語ではなく、都市の制度利用が取りこぼしなく届き、予防が暴力化せず、市民の自己決定が保たれ、誤りに対して救済が接続されるという運用条件である。そこで本稿は、アリストテレスの目的論と実践知を導入し、都市OSを「善き生」のための制度的条件として位置づける。さらに、近年のAIエージェント論におけるPPP(Productive / Proactive / Personalized)を性能目標として参照しつつ、PPPが公共性を破壊しうる点(過介入・不透明な差異化・代理指標化)を示し、目的・制約・実装・責任の四層で善を制度化する設計原理を提示する。結論として、善の都市OSとは「性能の最適化装置」ではなく、都市が例外と誤りに応答し自己修正し続けるための制度であることを示す。
問題設定: 都市OSは「基盤」ではなく都市の運用を規定する装置である
都市OSはしばしば、相互運用性やデータ流通を実現する技術基盤として理解される。しかし都市において重要なのは、データがつながること自体ではなく、つながった結果として、誰が何をでき、何が正当化され、どこに救済が接続されるかが決まる点である。申請・審査・通知・相談・予約・調整といった手続きの連関が、都市OSによって編成されるなら、都市OSは「運用のOS」であり、公共性の生成条件を担う装置となる。したがって都市OSの導入は、利便性だけでなく、都市の正当性(公共性)に関わるため、市民の合意を前提とするべきである。
善の再定義: 善は理念ではなく運用条件である
本稿が扱う「善」は、道徳的に立派であるという意味ではない。むしろ善とは、都市の運用が次の条件を満たし続けることを指す。
- 支援・制度が取りこぼしなく届く(アクセス可能性)
- 予防が過介入や監視へ転じない(自由の保全)
- 市民が理解し選択し拒否できる(自己決定=本人主権)
- 誤りが起きたとき、異議申立て・再審・救済・停止・更新が機能する(応答可能性)
この意味で善は、単なる価値宣言ではなく、都市の制度と技術に埋め込むべき「条件」である。
アリストテレスの視点: 善=目的+実践知+制度
アリストテレスにおいて、倫理と政治は切断されていない。善は個人の内面に閉じず、共同体の制度と習慣によって成立し、最終的には「善き生」へ向かう目的として理解される。さらに、善は一般規則を機械的に適用して得られるものではなく、状況に応じて判断する実践知を要請する。
この枠組みを都市OSに移すと、重要な含意が生まれる。第一に、都市OSは目的を持たねばならない。目的が不明確なら、運用は測定しやすい指標(処理時間・コスト・件数)に吸い寄せられ、善の代替物(代理指標)が目的化する。第二に、都市OSは規則で都市を閉じてはならない。例外や境界事例は不可避であり、実践知が働く余地を制度として確保しなければ善は崩れる。第三に、善は制度と習慣として持続しなければならない。善が「理念」として唱えられるだけでは、都市の運用を実際には変えない。
ゆえに「アリストテレス的な善を可能にする都市OS」とは、善を宣言するOSではなく、善が成立し続ける制度条件を実装するOSである。
PPP(Productive / Proactive / Personalized)の導入: 性能目標から公共性へ
近年のAIエージェント論では、PPP(Productive / Proactive / Personalized)という三項で性能を説明する試みがある。直観的には、成果が出る、先回りできる、個別化できるという性質は、都市にとっても魅力的である。しかし都市では、PPPはそのまま善を保証しない。むしろ、PPPは善を壊すメカニズムにもなりうる。
- Proactiveは、予防価値を生む一方で、過介入やパターナリズムを誘発する
- Personalizedは、個別事情を救う一方で、不透明な差異化や差別を生みうる
- Productiveは、運用効率を高める一方で、速さが正義化し、例外が落ちやすい
ここで重要なのは、PPPを採用するか否かではなく、PPPを公共性の条件に拘束するか否かである。アリストテレスの語彙で言えば、PPPは手段(技術)であり、それを善き生の目的に従属させ、実践知と制度を通じて調整できなければ、手段が目的を乗っ取る。
設計原理: 目的→制約→実装→責任(善を制度化する四層)
本稿は、PPPを都市に導入する際の設計原理として「目的→制約→実装→責任」の四層を提示する。これは善を理念から仕様へ落とすための枠組みである。
目的(telos): 何を増やすのか
目的は少数の公共目的として固定されるべきである。例: 取りこぼしの縮減、予防安全、自律支援。目的が無限定に拡張すれば、運用は代理指標に吸い込まれ、善は痩せる。
制約: 善の「やりすぎ」を止める
善は過剰に設計されると暴力へ転じる。ゆえに制約はオプションではなく善の一部である。拒否権、撤回、用途限定、データ最小化、介入条件、説明要求などは、PPPの暴走を止めるガードレールである。
実装: 善が働く連関(ワークフロー)
善はAIの賢さではなく、手続き・権限・文書・ログ・監査・窓口がつながることで初めて作動する。都市OSの実装は、APIだけではなく「連関(媒介)」の設計である。
責任: 応答可能性(異議申立て・救済・停止・更新)
誤りは不可避である。だから善の条件は「間違えない」ではなく「間違いに応答できる」ことである。異議申立て、再審、救済、キルスイッチ、更新(改善の公開)を中心機能として設計しなければ、PPPは公共性を破壊する。
結論: 善の都市OSとは「最適化装置」ではなく「応答と自己修正の制度」である
アリストテレス的な観点からすれば、善は目的を持つ共同体の制度として成立し、実践知によって例外に応答し続けることで維持される。都市OSはこの条件を、技術と制度の配列として実装する装置である。PPPは性能目標として有用であるが、公共性の条件(本人主権、制約、監査、救済、停止、更新)に接続されない限り、善を保証しない。
したがって「善の都市OS」とは、都市を一つの最適化機械として閉じるのではなく、例外と誤りを前提に、都市が応答し、自己修正し続けるための制度として設計された都市OSである。